サイバーホビー(緑箱) #6575 1/35 IV号戦車J型最後期生産型

H型で性能の頂点に達したIV号戦車ですが、後継車となるはずのパンターの配備は十分に進まず、結局1945年の終戦まで生産が続けられました。J型は、航続距離を伸ばすため燃料タンクを増設しましたが、引き替えに動力旋回機構が廃止されたのが主な相違点です。また、生産が進むにつれ、部材の節約と製造工程の短縮の為に様々な改訂が加えられました。1944年始めに生産の始まった初期型はH型と殆ど差が無いのですが、1944年後期からはどんどん省力化が図られ、最終的には同じJ型とは思えないくらいその姿を変貌していきます。

ドラゴンの#6575は1944年末頃から終戦直前までのJ型が再現できるキットです。それまでのJ型からの変化点に着目し、個々に説明していきたいと思います。

最大の特徴は、車体のシュルツェンが鉄板から金網に変更された点です。鉄板のシュルツェンは対戦車ライフルやバズーカなどの成型炸薬弾に対し有効でしたが、重くて機動力の低下を招き、足回りの点検をする際に、乗員には大きな負担となりました。1944年秋から採用の決まった金網製のシュルツェン(=トーマシュルツェン)は、軽量で部材も節約でき、成型炸薬弾に対しては鉄板と同じように有効で、優れたアイディアでした。しかし、金網の部材調達に手間取り、なかなか実装が進まなかったと言われています。金網シュルツェンを装着したIV号J型の戦場写真はあまりありませんが、これは戦争末期のドイツ軍は写真を撮影する余裕が無かったからかもしれず、どのあたりから実際に金網シュルツェンに変わったのかはよく分かっていません。

鉄板のシュルツェンを支える支持架は突起を設けた鋼材をL字に曲げた物でしたが、金網シュルツェンの支持架は単なる鉄パイプに変更されます。実は近年までこの辺の構造はよく分かっておらず、過去のキットにはかなり適当なものもありました。このキットではこの辺にも鋭く切り込んでいます。キットには、パイプ端に開いている穴をスライド金型で再現したパーツが入っており、形状もシュルツェン側に付いているフック状の金具を留める部分が窪んでいるパーツ(見本で使用したタイプ)(T33,T34)と単なる鉄パイプに近い形状のパーツ(T1,T2)の2種類が入っています。

シュルツェンと車体スポンソンの間には金網を張った足場状のパーツが6枚装着されます。車体スポンソン側に付いているスリット状の金具に片方を差し込み、シュルツェン架に半円状のフックを掛けて留めるようになっています。この下にあるOVMや予備転輪にアクセスする場合は簡単に取り外せるようになっていたものと思われます。キットではこの辺の構造もエッチングとプラを取り混ぜて巧みに再現しています。

生産の簡易化のため、1944年末くらいから、上部転輪の数が3つに減らされたと言われています。フォマーク工場で生産されたL70(V)は1944年秋から上部転輪が3つですが、J型を生産していたニーベルンゲン工場では、生産現場での混乱を避けるためか、それとも上部転輪のストックが十分あったのか、転輪が減るタイミングが遅くなっています。

IV号戦車のコマンダーキューポラは開いたときに遠目からよく分かり、車長が狙撃されやすいと言う欠点があったため、末期には水平に開くタイプに改良されています。

砲塔前面にあった砲手用のクラッペが廃止されます。また、この時期に至り、ようやく近接防御兵器が実装されるようになりました。ベンチレーターカバーは近接防御兵器に干渉しないよう、一部が丸く切り取られています。その上にある台座状の金具は長らく用途が不明でしたが、戦車研究家のジェンツ氏は、著書の中で「磁気コンパスを取り付けるための台座である」としています。しかし、なぜこの時期にそのような装備を追加する必要があったのかについては言及していません。

主砲基部の走行スリーブ上と砲塔シュルツェンの後部に合計3箇所取り付けられている板状の部品は毒ガス検知用パネルである、との説が有力です。この上に特殊な試料を塗り、変色で毒ガス散布を検知できるようになっていたと言われています。同様の装備は同じ時期のキングタイガーでも見る事が出来ますが、なぜこの時期にこの装備が取り付けられるようになったのか(同時期の歩兵部隊は「ガスマスクケースなんて邪魔になるだけ」と外している兵士が目立ちます)、これも、あまりよく分かっていません。

ブレーキ点検ハッチの上には従来冷却を促進するためのカウルが付いていましたが、廃止され、単なる取っ手になってしまいます。キットでは従来のカウルタイプか、取っ手タイプか選択できます。この切り替え時期もよく分かっていませんが、通達時期はともかく、従来型の方が性能は良かった訳ですから、工場では旧部品のストックがある限り、古い方を使って生産していたと思われます。

従来型の車体側面前端には車体を整備の際吊り上げる、鋳造製のフックが付いていましたが、これも廃止され、代わりとして前面装甲板に簡易なフックが付くようになります。先日発売になったAFVPhotoAlbum1の第6装甲師団所属432号車では、ブレーキ点検ハッチのカウルは廃止されていますが、側面のフックは従来型です。キットでは、従来型も簡易型も選べるように、前面装甲板が二種類用意されています。見本ではせっかくですから、簡易型を使ってみました。

IV号戦車は牽引ワイヤーを取り付けるための金具を前面装甲板に取り付けていましたが、1944年秋から、III号戦車やティーガー、パンターと同じく側板を延長してその先端に付けた穴にフックを通すよう簡易化されました。これについても、旧来の部品が残っている間はそちらが優先されたようで、戦場写真ではなかなか見る事が出来ませんが、少なくとも上部転輪が3個になってからの個体は、この形状になるようです。

IV号の履帯というと「末期は軽量型」と言うイメージがありますが、前出の432号も含め、戦車型は最後までシェブロン付きの履帯を履いている例が多いようです。この辺も工場によって調達できる部材に差があったのか(駆逐戦車はVもAも軽量履帯を履いている例が多く見られます)、オーバーウェイト気味の駆逐戦車に優先的に軽量型が配布されたのか、謎の残るところです。もちろん、戦場で軽量型に履き替えた個体もあったと思います。

写真では解りにくいですが、上部転輪と誘導輪の間に履帯ピン脱落防止プレートが付くようになります。ドイツ戦車は車体の内側に履帯ピンの頭が付いており、外側をリング等で留めていますが、この装置は、何らかの理由でリングが脱落した場合、ピンが抜けるのを防ぐ事ができるものです。T-34を参考にしたものと言われており、車体の構造が似ているフンメルやナスホルンでは1943年から取り付けられていますが、J型ではなぜか採用が遅れています。

上部転輪は2種類から選択できます。せっかくなので、末期っぽい、最も単純な形のものを使用してみました。

誘導輪はパイプタイプと鋳造タイプから選択できます。IV号の誘導輪は、H型ではパイプタイプが多く、J型では、製造工程を短縮できる鋳造タイプが採用されますが、部材の調達が滞ったのか、いったんパイプタイプが復活します。しかし、大戦末期になると、なぜかまた鋳造タイプが復活します。(前出の432号車も鋳造です)この辺は、鋳造タイプの誘導輪を製造していた工場が復活したのか、ストックが見つかったのか、判然としません。見本では鋳造タイプとしました。

IV号系列の誘導輪基部は、IV突やメーベルワーゲンなどではリブの枚数が減ったタイプが、割と早い時期から採用されていますが、これは、(IV突等の製造工場である)クルップ・グルゾン工場製のみの特徴のようで、J型を製造していたニーベルンゲン工場では最後まで従来型の誘導輪基部だったようです。

1944年9月からマフラーが廃止され、消音機能は無く排気炎を隠す機能のみを持つようになった、筒状排気管カバーですが、先の#6656(1944年8-9月生産車)の筒状排気管カバーよりも短いパーツが新規に入っています。前出の432号車もこの短いタイプで、どうやらこの時期には部材の更なる節約を図って排気管カバーの長さが短くなっているようです。排気管の底部をカバーするパーツの形状も異なっています。

車体後部の牽引具は取り付け部が補強されたタイプか、従来型のタイプか選択可能です。見本では強化型としてみました。

43年3月に生産された、最初の長砲身型である、G型初期(F2型)との比較。僅か2年で大きく姿を変貌しているのが解って頂けると思います。

1944年8-9月生産のJ型中期との比較。僅か数ヶ月のうちにかなり外観が変貌した事が解ります。

ご覧のように、非常に丁寧なリサーチを反映した、見所の多いキットです。オプションパーツも良く吟味されており、どのような組み合わせで選択しても「考証がおかしい」とはなりません。そもそも、当時の工場は現代日本の洗練された工場のように「先入れ先出し」は徹底されておらず、倉庫の奥の方から古い部材が発掘されるのは良くあったようです。特に生産の混乱した戦争末期では、取り付け可能な部材は余さず使用された事でしょうから、あまり難しく考えず、自分の好みに合わせてパーツを選択すれば良いと思われます。資料を沢山持っている方は、記録写真と比べて頂ければ、改めて発見も多いと思いますし、初心者の方は特に資料が無くとも、そのまま組むだけで末期のJ型を手軽に再現できると言う、まさに万人向けのキットです。パーツの合いの良さ、モールドのシャープさは、改めて言及する必要はないでしょう。ぜひ一作をお勧めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7コマ目 ランナー上のB15の刻印付近に、形状の異なるパーツが2つモールドされています。どちらを使用しても構いませんが、面取りが簡易化されて段が付いている方が後期型です。
8コマ目 誤)G31 → 正)E14、誤)G33 → 正)E13
19コマ目 誤)T30 → 正)T22、誤)T32 → 正)T31、誤)T29 → 正)T24、誤)T24 → 正)T28もしくはT23(T23は2個ありますが、ランナー上で片方がT28と刻印されています)、誤)T22 → 正)T30、誤)T31 → 正)T32
20コマ目 スポンソンとシュルツェン架の間に架ける足場状のパーツ(T16など6個)をここで取り付けてしまうと、シュルツェンが取り付けられなくなります。塗装の手順を考えても、このパーツを接着するのは最後にした方が良いでしょう。

21コマ目
シュルツェンの周囲を補強するリブはとても良く出来たジグ(T35,T36)により、非常に綺麗に曲がりますが、曲げた後のパーツが取り出しにくい場合があるため、曲げる前に、下の写真の様に端を少しはみ出してセットし(このくらい飛び出ていても問題なく曲がります)、プライヤー等で引き出すと良いと思います。

T10とMA62の取り付けですが、結構難物では無いかと思います。いろいろ試した結果、一案として、以下の手順を提案します。
1.MA62を、原寸図に沿って網に接着
2.網のワイヤーが取り付け穴に干渉している場合はドリルで開口
3.T10を取り付けます。ダボがMA62に合わない場合は、ダボを切り取ってしまい、網に接着した後にMA62側からT10にドリルで穴を開けて、真鍮線もしくは伸ばしランナーでダボを復元します。